「終の棲家を考える」の第2回である今回は、前回に続きシニア世代が暮らしやすい街について考えます。シニア世代の移住傾向などから、街選びのポイントや失敗しないための方法などについてお伝えします。
目次
1、人口移動データから見るシニア世代の移住傾向
総務省が公表している人口移動データから、首都圏(東京、神奈川、埼玉、千葉)で、シニア世代が流出している街、流入している街を市区町村別に調べてみました。
1-1. シニア世代は都会から流出している?
まず、首都圏でシニア世代(60歳~74歳)の「転入よりも転出が多い」エリアを見てみましょう。驚くことにトップ10はすべて東京23区となっています。
■2019年 転入超過数 (▲は転出超過数/人)
1 | 東京都 世田谷区 | ▲754 |
2 | 東京都 大田区 | ▲629 |
3 | 東京都 杉並区 | ▲582 |
4 | 東京都 江東区 | ▲479 |
5 | 東京都 品川区 | ▲428 |
6 | 東京都 豊島区 | ▲415 |
7 | 東京都 目黒区 | ▲384 |
8 | 東京都 練馬区 | ▲368 |
9 | 東京都 江戸川区 | ▲352 |
10 | 東京都 新宿区 | ▲347 |
出典:2019年 住民基本台帳人口移動報告(総務省)
1-2. シニア世代の流入は利便性の高い郊外都市が上位
次に同じ世代の「転出よりも転入の多い」エリアを見てみましょう。トップ10に23区は入っておらず、都心から30km~50km前後の郊外都市が多く含まれています。
■2019年 転入超過数 (人)
1 | 東京都 八王子市 | 450 |
2 | 千葉県 柏市 | 253 |
3 | 横浜市 中区 | 132 |
4 | 千葉県 印西市 | 131 |
5 | 神奈川県 座間市 | 119 |
6 | 東京都 青梅市 | 116 |
7 | さいたま市 西区 | 106 |
8 | 埼玉県 上尾市 | 98 |
9 | さいたま市 緑区 | 93 |
10 | 横浜市 戸塚区 | 88 |
出典:2019年 住民基本台帳人口移動報告(総務省)
このように、シニア世代は都心部で転出が多く、郊外都市で転入が多いことがわかります。もちろん同じ市区町村内や首都圏外への転入出もありますので、このデータから「シニア世代は都心から郊外に流出している」と言い切れるわけではありませんが、郊外都市への移住にはいくつか理由があります。シニア世代の住み替えで重視すべきポイントとともに考えてみましょう。
2、シニア世代が住みやすい街の共通点とは?
シニア世代が「終の棲家」を考える上で、重視すべきポイントは何なのでしょうか。アクティブシニア期から要介護期に至る20~30年をイメージしながら考えてみましょう。
2-1. 移動や買い物などの利便性
シニア世代が暮らしやすい街を考える上で、移動や買い物の「利便性」は最も重視すべき項目のひとつです。職場などへの移動、日々の買い物などを考えると、公共交通機関の整った街、商業施設やスーパーなどが多い街、医療機関の整った街が望ましいでしょう。元気なうちは車で移動することもできますが、いずれ車での移動が難しくなることを考えると、公共交通と徒歩だけで生活できる街が安心です。そうなると、ある程度人口の多い都市、中でも中心地に近い街が暮らしやすい街と考えられます。
2-2. 不動産価格と生活コスト
では利便性が高いはずの都心部で高齢者の転出が多いのはなぜなのでしょうか。あくまで推測にはなりますが、不動産価格と生活コストが理由ではないかと思います。
上記のランキングトップ10エリアの2020年公示地価を比較してみると以下のようになります。
■転入・転出トップ10エリアの平均公示地価(円/㎡)
転入上位の街 | 公示地価 | 転出上位の街 | 公示地価 |
東京都 八王子市 | 155,841 | 東京都 世田谷区 | 724,748 |
千葉県 柏市 | 160,852 | 東京都 大田区 | 658,908 |
横浜市 中区 | 576,386 | 東京都 杉並区 | 657,023 |
千葉県 印西市 | 48,761 | 東京都 江東区 | 631,208 |
神奈川県 座間市 | 164,000 | 東京都 品川区 | 1,242,600 |
東京都 青梅市 | 106,279 | 東京都 豊島区 | 1,567,054 |
さいたま市 西区 | 107,810 | 東京都 目黒区 | 1,266,240 |
埼玉県 上尾市 | 121,355 | 東京都 練馬区 | 451,181 |
さいたま市 緑区 | 180,757 | 東京都 江戸川区 | 411,747 |
横浜市 戸塚区 | 243,581 | 東京都 新宿区 | 3,499,692 |
転入が多いエリアの平均公示地価は概ね10万円台/㎡であるのに対し、転出が多いエリアでは、40~100万円台/㎡を超えており、その差は歴然です。仮に都心に家を持つシニア世代が、現在の家を売却して郊外に新居を買ったとすれば、残ったお金は老後の生活資金に充てることができます。これから収入が減っていくであろうシニア世代にとって、都心から郊外への住み替えは、老後資金づくりという意味でも大きな動機となり得ます。
そして、もう一つの観点は生活コストです。一般的に郊外エリアは都心と比べて物価が安く、生活コストは安くなる傾向があります。また不動産価格に応じて決まる固定資産税や都市計画税なども安くなります。一方、地方に移住して増加するコストとしては、プロパンガスなどの光熱費、ガソリン代やタクシー代などの移動費などがあります。そうすると、都心から30~50km圏の郊外都市は、ほどよく都会で生活インフラ、公共交通も整っており買い物にも便利、車がなくても暮らしやすく、コストも安いということになります。
都心部から郊外への移住には、老後資金づくりと支出の削減という2つの理由があるのではないでしょうか。
2-3. 医療・介護・福祉などのサービス
シニア世代の住み替えでは、いずれ訪れる「ギャップシニア期」~「要介護期」に備えて、医療や介護の充実した街を選びましょう。日常的に利用できる医院やクリニック、大きな病気や怪我に備えて大学病院、総合病院などが近くにあるかどうかを確認しておきましょう。
また将来介護が必要になった時のことも考え、自治体の介護支援や民間の介護施設などについても調べておくとよいと思います。
なお、安定した医療・介護サービスは、経営として成り立つことが前提となりますので、一定の人口がある、医療ニーズの高い都市部で充実していきます。一方、過疎化が進む地域では公営の病院が閉鎖されるという事態も発生しています。そうした観点からも、比較的人口の多い郊外都市にシニア世代が流入するのも合理的なのかもしれません。
2-4. 気候・地形
最後に、その地域の気候や地形などについても考慮しましょう。冬寒く雪の多い地域などは高齢者にとって暮らしにくいですし、病気や怪我にもつながります。また徒歩での移動を考えると坂道の少ない平坦な街の方が住みやすいと思います。近年では台風や大雨による水害も各地で多発していますので、そうした災害リスクについても確認しておくとよいでしょう。
3、セカンドライフを充実させる社会参加とコミュニティ
ここまではシニア世代が暮らしやすい街のハード面についてお伝えしてきました。しかし暮らしの充実度、満足度は、街の利便性や金銭的なものだけで決まるわけではありません。充実したセカンドライフを送る上で社会参加や人とのつながりも大きなポイントになります。
3-1. シニア世代が働き続けられるチャンスの多い街を選ぼう
高齢になっても仕事を続けたいかどうかは人それぞれですが、何らかの形で社会に貢献できているかどうか、またその対価としてわずかでも収入を得られているかどうかは、人生の充実度に大きく関わってきます。また、健康を維持するためにも、体を動かし、人と関わりながら暮らしていくのが好ましいと思います。
そうした観点で申し上げると、地方よりも都市部の方が求人は多く、給与水準も高い傾向にあります。都市部では人手不足等により高齢者の活用を推進している企業や自治体も多いので、それまで培ってきた経験を生かして働くチャンスも多いのではないでしょうか。
3-2. 趣味のサークルや地域活動はホームページなどで確認を
仕事以外の趣味を通じて人とのつながりを楽しむなら、地域活動やサークル活動などに参加してみるという選択もあります。自治体主導のボランティアや趣味のサークルなどもありますし、同じ趣味を持つ仲間同士で集まって活動するのも楽しいと思います。地域でどのような活動がされているのか、事前にホームページなどで調べてみるとよいでしょう。
高齢になると行動範囲が狭くなり、人との関わりが減ってくるものです。仕事にせよ趣味にせよ、地域で社会参加できる機会を持つことはセカンドライフを充実するためにとても重要です。
4、街の将来的な発展に着目しよう
前回のコラムでも申し上げた通り、平均寿命の伸びとともに、シニア期を過ごす時間も20~30年と大きく伸びています。そうなると、この間に街が発展していくのか、衰退していくのかは街選びの大きなポイントになります。街の将来性を測る目安を知っておきましょう。
4-1. 街の人口は増えているか
まず確認しておきたいのは、その街の人口です。街が発展していくためには、その地域に人が流入し人口が増加していることが望ましいです。人口が増えることによって税収が増え、街のインフラが整備され、民間の投資も集まるようになり、さらに人を呼び込むことになります。こうした好循環が続いている街には若い世代も多く活気があります。反対に人口が減少し続けている街、高齢者の比率が高い街などは、商業施設の撤退や都市機能の低下などが起こりやすいので注意しましょう。
4-2. その街に「強み」はあるか、都市計画も合わせて確認してみよう
そして、街に人が集まり発展していくためには、その地域に何らかの「強み」があるかどうかが重要です。例えばその街の歴史(名所や文化財)や自然(景観や温泉)などの観光資源、特産品や地場産業などの産業資源などです。こうした街の「強み」が将来的な発展につながります。また、そうした資源を活かして、どのような街づくりを進めるのかを決めたものが「都市計画」です。各自治体ではホームページなどで都市計画を公表していますので、街選びの参考にしてみるとよいでしょう。
5、シニア世代の住み替えで失敗しないためには
最後にシニア世代の街選びで失敗しないためのポイントをお伝えします。
5-1. 地域をよく知る人に情報収集しよう
まず、最も大事なのは情報収集です。できるだけ早い時期から検討をはじめ、実際に現地に足を運んでみたり、現地をよく知る人に相談してみたりするのもおすすめです。地域をよく知る不動産会社などを訪れて、相場などを聞くことができれば、より検討しやすくなるでしょう。
5-2. 資金計画は慎重に。自治体の移住支援制度などの活用もおすすめ
次に重要なのは資金計画です。シニア世代は収入が減少していく可能性が高いので、より慎重な計画を心がけてください。今の住まいを売却していくら残るのか、老後の資金としてどのくらい必要なのかなど、プロのアドバイスを受けながらしっかり検討しましょう。
また、自治体の移住支援制度などで助成金が受け取れることもありますので、これを活用するのもよいでしょう。
5-3. 不安ならば、まず賃貸から始める
事前に十分調べたつもりでも、実際に住みはじめてみるとイメージと違った、などということもあり得ます。そうした失敗を避けるためには、まず賃貸から始めてみるのもひとつの方法です。賃貸なら暮らしながら、その街を体感できますし、暮らしながらじっくり物件を探すことも可能です。
シニア世代の住み替えは、若いときとは異なり「やり直し」がしづらいので、街選びや資金計画はより慎重な検討が必要になります。早めに情報収集を始め、プロのアドバイスを受けながらしっかり計画を立てるようにしましょう。
次回は、「賢い自宅の手放し方(売却・相続・贈与)」についてお伝えする予定です。