住宅ローンは今後どうなる③ ~インフレ局面での資金計画と住宅ローンの考え方~

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日本で30年以上続いたデフレが終わり、いよいよインフレへの転換期に入りつつあります。

前々回の記事では金利を始めとした金融情勢、前回の記事では固定金利と変動金利のシミュレーションを解説してきましたが、今回は、これから住宅を購入する方の多くが経験したことのないインフレとは何なのか、またインフレ下での資金計画と住宅ローンの考え方について解説します。

目次

1. 日銀がついに金融政策を変更。インフレ転換で住宅ローンはどうなる

7月27日、日銀がついに金融政策(イールドカーブ・コントロール)の変更を発表しました。この変更で住宅ローンはどのような影響を受けるのでしょうか。

1-1. 住宅ローン金利の先高観が強まる

今回の日銀の政策変更の要点は、長期金利(10年債利回り)の金利操作(イールドカーブ・コントロール)の撤廃です。これまで日銀は長期金利の上限を0.5%とし、国債の大量購入などで抑え込んできました。今回この「上限」を「目処」という位置づけに改め、一定の上昇(おおむね1.0%まで)を許容することにしたのです。発表後、長期金利は0.6%台まで上昇しましたが、今のところ急激な金利上昇は起きていません。しかし市場では、これが長く続いた金融緩和の終了への第一歩と受け止められ、金利の先高観が強まっています。

1-2. 固定金利と変動金利の金利差はさらに拡大する見込み

今回の政策変更で焦点となった長期金利の上昇は、固定金利型の住宅ローン(フラット35や10年・20年固定など)の金利上昇につながります。一方、短期金利はマイナス金利を維持していますので、まだ大きな変化は見られません。その結果、住宅ローン金利の固定・変動の金利差は、今後ますます広がってくると予想されます。前回の記事では、シミュレーションをもとに、現在は変動金利が有利であるとお伝えしましたが、金利差が開けばますます変動金利の優位性が高まることになります。

1-3. 安定的なインフレが確認されれば、いずれ変動金利も上昇へ

しかし、こうした金利差も長い目で見れば一時的な現象で、短期金利もいずれ上昇すると考えるのが自然です。そしてその鍵となるのが、「賃金の上昇をともなう持続的・安定的な物価上昇」、つまり安定的なインフレです。

日銀は現在の物価上昇を一時的なものと見ており、短期金利の政策を修正するのは時期尚早としています。しかし、30年以上続いたデフレからの脱却は、政府・日銀の悲願であり最重要課題です。今年の春闘では賃上げ率が3.58%と約30年ぶりの高い水準となり、賃金上昇をともなったインフレの兆しも見えてきました。

3回目の今回は、インフレ局面での資金計画や住宅ローンの考え方について解説していきます。

2. 住まいを買う際の資金計画とインフレの基礎知識

そもそも住まいを購入する際の資金計画とは何なのか、インフレとは何なのかを解説します。

2-1. 住まいを購入する際の資金計画とは?

資金計画とは、シンプルに言えば住宅購入に必要なお金はいくらなのか、またそれをどのように調達するかという計画です。

購入に必要なお金は「物件の費用」と「諸経費」です。また資金の調達方法は、「自己資金」と「住宅ローン」に分けられます。さらに自己資金とは、自分の預貯金や両親などからの援助で、住宅ローンとは金融機関からの借入です。

いくらの物件を購入し、自己資金をどのくらい出し、いくら借入をするのか、またどのような借り方をして、いくら返済するのか、そうしたことを総合的に考え決めていくのが資金計画です。

一例として、住宅を購入する前と購入した後の家計の変化を見てみましょう。

下図は、預貯金が900万円ある方が、物件価格4,000万円、諸経費200万円の物件を、自己資金800万円、住宅ローン3,400万円で購入した時の例です。

このように住宅購入によって、家計の資産は、預貯金がマイナス800万円、不動産がプラス4,000万円となり、借入(住宅ローン)が3,400万円増加します。

つまり、資金計画とは、ローンの返済計画であると同時に、家計の「資産と借入のバランス」を計画するという一面もあるのです。

2-2. インフレとは「お金」の価値が下落すること

次にインフレとはどのような現象なのか解説します。インフレは表面的には物価や賃金の上昇と捉えられますが、本質的には貨幣価値の下落です。極端な例ですが、物価が1年で2倍になったとすれば、お金の価値が1年で半分になったのと同じことです。デフレが続いた日本では想像できませんが、2018年にハイパーインフレに見舞われた南米ベネズエラの物価上昇率はなんと年65,000%(650倍)。6万5,000円のお金が1年で100円の価値しかなくなってしまったことになります。

ここまで極端ではないにしても、インフレになると不動産を含むモノの価格は上がり、現金はその分目減りします。そして住宅ローンなどの借入金も、借りた時点で元本が確定していますので同様に目減りします。ベネズエラの例で言えば、6,500万円の借入金が1年で10万円の価値になったということになります。

【ポイント】インフレ下では ・・
 〇 モノ(不動産や株式など)の価格は上がる 〇 お金(現金・預貯金・借入金)の価値は下がる

2-3. 日銀のインフレ目標は年2%

翻って日本はどうでしょうか。日銀は物価上昇率の目標を年2%とし、安定的な物価上昇と、それを上回る賃金の上昇を目指しています。ちなみに日銀の向こう3年間の消費者物価予測は以下の通りです。

■日銀の消費者物価の予測(前年比)

2023年2024年2025年
+2.5%+1.9%+1.6%

もしこの通りになれば、2022年に10,000円だったモノは、2023年に10,250円、2024年に10,444円、2025年に10,611円に上昇することになります。つまり、お金の価値は3年間で約6%下がることになります。このように、今後日本がインフレに転換すれば、不動産の価格が上昇するとともに、預貯金や借入額は目減りするということを理解しておきましょう。先ほどの図に当てはめると以下のようになります。

3. インフレ下での資金計画と住宅ローンの考え方

前置きが長くなりましたが、資金計画とインフレの基本がわかったところで、具体的な資金計画の考え方を見ていきましょう。

3-1. インフレ下で「自己資金」の考え方

まずは自己資金(頭金)の考え方です。モノの価格が上がり、お金の価値が目減りするということは、できるだけ早い時期に、現金を不動産などのモノ(現物資産)に変えておいた方がよいということになります。預貯金で1,000万円を保有しておくなら、1,000万円分の不動産や株などに変えておいた方がよいわけです。したがって、預貯金などの余裕資金のある方は、ある程度の生活資金を確保した上で、頭金として資金計画に組み入れるか、他の金融商品で運用するのがよいと思います。

ただし、余裕資金のない方が「頭金を貯めてから買う」という考え方はあまりおすすめできません。インフレ下では、頭金を貯めている間に不動産価格は上がり、預貯金が目減りしてしまうからです。さらに、貯めている間にも家賃がかかることを加味すると「貯めるより借りたほうがトク」になります。

3-2.インフレ下での「返済期間」と「金利タイプ」

次に、住宅ローンの返済期間と金利タイプについて考えてみましょう。今後インフレが定着するとすれば、返済期間は長いほどトクになります。仮に年率2%の物価上昇が続けば、現在10,000円のモノは10年後に12,190円、20年後に14,859円、30年後に18,114円になります。逆に言えば、現在の10,000円の価値は、10年後に8,203円、20年後に6,730円、30年後に5,521円に下落します。つまり、現在の借入金1,000万円は30年後には約552万円の価値に目減りするわけです。これが、返済期間が長い方がトクになる理由です。

なお、こうしたお金の目減りリスクを担保するのが「金利」なのですが、前述の通り、日本では政策的に金利が抑え込まれているため、物価上昇率は2%なのに住宅ローン金利(変動)は0.5%前後という、異常とも言えるほど借り手に有利な状況になっています。前回の記事でも、変動金利が有利と申し上げましたが、この状況が続く限り変動金利の優位性は変わらないでしょう。

以上のことより、低金利とインフレを前提とした時の資金計画の考え方としては、

①余裕資金は自己資金に充当してよい(必要な生活資金は確保した上で) ②返済期間は長く(35年) ③金利タイプは変動

上記を基本とし、低金利のメリットを最大限に享受しつつ、新たな余裕資金を生み出し、つみたてNISAなどで運用したり、繰り上げ返済したりしながら、将来の金利上昇に備えるのがよい方法と言えるのではないでしょうか。

4. 住宅購入後のリスクに対する備え

ここまで、日本がインフレに転換することを前提に解説してきましたが、当然、想定通りにならないこともあります。そこで住宅購入後に起こり得るリスクとその備えについて解説します。

4-1. 不動産の下落リスクに対する備え

まずひとつ目のリスクは、購入した不動産の下落リスクです。不動産は食料品などと違い、一律に値上がりするのではなく、価格は物件ごとに決まります。また、日本は今後人口が減少していきますので、全体で見れば不動産価格は下落傾向です。

したがって、物件選びの際には、資産価値を維持しやすい(=値下がりしにくい)立地、物件を見極めることがとても重要です。

資産価値を維持できる、願わくば値上がりを期待できる物件の選び方については、ぜひこちらの記事をご覧ください。

住まいの資産価値とは?資産価値の下がりにくい家を買うためのポイント

4-2. 金利上昇リスクに対する備え

次に金利上昇リスクに対する備えです。前述の通り、インフレが続けば金利はどこかのタイミングで上昇に向かいます。金利上昇リスクを回避するには、固定金利型のローンを選ぶ方法がありますが、前回の記事で解説した通り、現在は変動と固定の金利差が大きいため、必ずしも有利になるとは言えません。

そこで変動金利を前提としてリスクに備えるには、金利が上がった場合の月々の返済額や総返済額などを徹底的にシミュレーションした上で、どこまでの上昇を許容できるかを明確にしておくことです。逆に言えば、金利が上がっても返済が続けられる範囲で物件選びをおこなうことが重要です。

4-3. 病気やケガに対する備え

予測することが難しい、突然の病気やケガには保険で備えるのが基本となります。死亡リスクについては、ほとんどの住宅ローンで団体信用生命保険(団信)への加入が義務づけられているため、万一の場合はローン全額が保険で返済されます。

病気やケガに対する備えとしては、がんや脳卒中、心筋梗塞など、特定の病気を対象にローンの返済が免除される「特約付き団信」や、民間の生命保険、就業不能保険などで備えるのが一般的です。

また、こうした不測の事態に備えて、3~6ヶ月分くらいの生活資金は確保しておきましょう。インフレ下では、預金は目減りするリスクが高いので、NISAなどで運用するのも一つの方法です。生活資金として備えるなら、iDeCoなど解約制限のある運用は避けましょう。

※iDeCoは、原則として60歳以降になるまで解約できません。

4-4. 収入の減少や支出増に対する備え

住宅ローンの返済期間は30年以上と長いため、その間に退職や転職による収入減や、子どもの教育費など支出が増加するケースも多々あります。しかし、これ自体はリスクとは言えませんので、しっかり計画して対処するしかありません。夫婦の働き方や子どもの教育方針についてしっかり話し合い、進学時期に合わせて早い時期から計画的に貯蓄(運用)を始めるようにしましょう。

5. デフレからインフレへの過渡期の今は購入のチャンス

30年以上続いたデフレからインフレへの過渡期である今のタイミングは、住宅購入のチャンスとも言えます。

5-1. 金利が上昇する前のタイミングを狙おう

なぜ過渡期である今が購入のチャンスなのか?それは不動産をはじめとするモノの価格が上昇しているのに、金利は上がっていないからです。端的に言えば、「年2%上昇するモノを年0.5%の金利で買える」のが今の日本の状況です。

個々の物件の価格変動は予測できませんが、住宅ローンの変動金利が当面上がらないのはほぼ確実なので、この低金利の恩恵を少しでも長く享受するためには、早めの購入がおすすめです。

5-2. インフレ下では、家賃も上昇が続く

またインフレにともない、賃貸住宅の家賃も都市部で大幅に上昇しています。つまり、購入しなかったとしても住宅コストの負担は重くなってくるわけです。当然ながら、家賃の支払いにローンは使えず、毎月現金で支払うことになるので、インフレや低金利のメリットはまったく享受できません。数年後に「こんなに家賃が上がるなら買っとけばよかった・・・」とならないためにも早めの検討をおすすめします。

インフレ下での資金計画と住宅ローン、いかがでしたでしょうか?

これからの資金計画は、物件の価格や月々の返済額だけでなく、家計全体の資産と借入のバランスを考えることが大切です。デフレからインフレに転換しつつある今、借入を上手に活用しながら、資産を現金から不動産などにシフトし、将来の資産形成を図る。そうした長期的な展望が大切になります。

そのためにも、資産価値の下がりにくい物件の見極め、住宅ローンの選び方、子どもの成長に合わせた貯蓄や運用など、専門的で幅広い知識が求められます。ぜひ一度、不動産会社のスタッフやファイナンシャルプランナーなど専門家にご相談してみてはいかがでしょうか。

※本記事は執筆時点(2023年8月現在)での筆者の見解・予測等を含んでおり、将来の結果を保証するものではありませんのでご留意ください。